「そんなことより、あんたの痘痕、それほんとに天然痘とは違うの?」
「こりゃ挨拶だね。そんなこと言われて、ぼくはどうしたらよいですか。この暴言にぼくはいかに対処したらよいのか。いいかね、横浜の天然痘だって、ついそこの品川まできてるからね。聡ちゃんに感染ったってぼくは知らんですよ」
気色をわるくして熊五郎は行ってしまった。
と、聡がむずかりだした。しょっちゅう癇を起すその子は、抱いて歩いているうちはよいが、立止るとすぐそっくり返って手足をばたつかせだす。ゆすぶってやっても、たちまちその顔はくしゃくしゃに歪み、しぼりだすような聞くに堪えぬ音声がその喉から洩れてきた。
桃子は慌てて乳首を含ませようとした。が、強情な赤子は一層そりかえり、ひときわ激しい泣き声を立てた。
「桃さま、それはおぽんぽんがすいていなさるのじゃございませんよ。おねむなんですよ」
と、見かねて下田の婆やがかたわらから口を出した。
「そんなこと言って婆や」と桃子はかっとなって畳みかけるように言った。「婆やは少しも聡を抱いてくれないじゃないの。聡なんか……ちっとも可愛いと思ってくれないじゃないの!」
「とんでもございません、桃さま」と、婆やは意外な桃子の剣幕におろおろして言った。「聡さまには、ちゃんとお母さまがついていらっしゃるじゃありませんか。ほんとにそんなことをおっしゃって……」
「いいの、いいの。でも婆や、少しでも聡を可愛いと思うのなら、ちょっとでも抱いてやってよ。そりゃあ婆やのほうが抱くのは上手なんだから。ほら、こんなに婆やに抱かれたがって泣いているわ。その藍さまは……おひいさまは、あたしがだっこしてあげますからね。いいでしょう?」
「もちろんでございますとも」
困ったように、下田の婆やはうなずいた。
そこで二人の女は男女の赤子を交換した。桃子は自分の腕の中に、軽い、少しも暴れたりしない柔らかな身体を抱きかかえて、そのひよわそうな、しかし自分の子と比べてあまりにも目鼻立ちの整った小さな顔を覗きこんだ。赤子のほうは、少しびっくりしたように、大きすぎる黒い瞳で訳もわからずに叔母を見つめ、それからすぐ視線をわきにそらして、なんとなくしょぼんとしたようにおとなしくしていた。
「かわいいわ。この子ったらほんとに可愛い顔をしている」
と、思わず桃子は咳いた。
それから、彼女は指先で、競争相手の姉の子供の白い頬をつついた。
「この子ったら、こんな寂しそうな顔をして……。ちっとも頬っぺがふくらまないのね。おっぱいが足りないの? 気の毒に。叔母さんのおっぱいをあげましょうか? でもね、お前のお母さまはね、あたしみたいな下賤な女がお乳をやったと知ったらお怒りになるわ。おお、よしよし、本当に可哀そうにね」
桃子は、そんなことをとりとめなく、憑かれたように呟きつづけた。そしてふと視線を転ずると、下田の婆やに抱かれた聡がいつの間にか泣きやんで、泣いたあとの穢ない顔をこちらに向けているのに気がついた。色のくろい、少しも上品なところのないその子。なんだか夫の厭わしいところばかり似たように思われる人相のわるいその子。すると突然、たとえようなくみじめな、居たたまれぬ気持が襲ってきた。